1,2藤原慎一
1ジョン・R・ハッチンソン
1, 英国王立獣医大学
2, 東京大学総合研究博物館

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Figure 2. Mimicsを用いた前肢骨格のセグメンテーションと、3-maticを用いた位置合わせ。

【はじめに】

絶滅動物が生きていたときの姿勢や運動機能はどのようなものだったのでしょうか。例えば、四足歩行性の恐竜や絶滅哺乳類の前肢姿勢は、一般的な哺乳類のように肘を真っ直ぐ下に下ろす下方型の姿勢を採っていたのでしょうか。それとも、トカゲやカモノハシのように肘を横に張り出して歩く側方型の姿勢を採っていたのでしょうか。残念ながらこれらの疑問に対する正解を知ることはできません。しかし、現生動物の筋骨格形態と姿勢・運動機能の関係を探っていくことで、絶滅動物の骨格形態からより確からしい復元を行なっていくことができるはずです。そして、動物が進化の過程でどのようにその多様性を獲得してきたかを知ることができるようになると期待されます。
ただ現生動物の骨格形態と姿勢・運動機能の関係は十分に理解されているとはいえません。そのため、トリケラトプス(恐竜類)やデスモスチルス類(絶滅哺乳類)の前肢姿勢の復元に対して様々な仮説が提唱され、長く論争の的になってきました(Figure 1)。そこで、特に四肢動物の肘関節の骨格筋の機能に注目し、骨格形態と前肢姿勢の関係を探っていった私たちの研究を以下に紹介していきたいと思います(Fujiwara and Hutchinson, 2012)。

 【肘関節の運動方向】

私たちはまず、四肢動物の肘関節の運動が伸展・屈曲方向だけではなく、内転・外転方向へも可能であることを示しました。この解析には現生の両生類、爬虫類、哺乳類を含む様々な四肢動物の遺体標本を用いました。これらの標本を複数の姿勢でCT撮像を行ない、Mimicsによって3Dモデル化しました。さらに、3Dモデル化した複数の姿勢の前肢骨格を3-matic上で上腕骨を重ね合わせると、これらの動物の肘関節に伸展・屈曲、内転・外転の可動性があることを示すことができます(Figure 2)。

筋の作用は、関節の回転軸と筋の位置関係によって決まります。四肢動物の肘関節の可動性を認識した結果、肘関節の伸筋・屈筋以外にも、内転筋・外転筋が存在することが示されました。前肢で姿勢維持を行なう際には、床反力が肘関節を様々な方向へ回転させられますが、姿勢維持の際には抗重力筋が関節を固定するように働きます。下方型や側方型など前肢姿勢が異なると、床反力が肘関節へ働きかける向きが異なり、同様に抗重力筋の種類も異なります。

  【抗重力筋のモーメントアーム長解析】

方法
関節を動かす筋によって生じる回転力は、筋の発揮できる力とモーメントアームの積によって計算されます。当然、モーメントアーム長が大きい方が、より効率よく回転力を発揮できます。姿勢維持に用いる抗重力筋は他の筋よりも頻繁に用いられることになります。従って四肢動物の肘関節では、抗重力筋のモーメントアーム長が相対的に大きいことが予想されます。例えば、下方型の姿勢では肘の伸筋が用いられますが、側方型では肘の内転筋が用いられます。従って、下方型動物と側方型動物はそれぞれ、肘関節の伸筋と内転筋のモーメントアームが発達していることが期待されます。

この仮説を検証するため、300種を超える現生四肢動物(両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類を含む)の骨格形態から、肘関節の伸筋、屈筋、内転筋のモーメントアーム長を計測しました。この計測に用いられた標本は乾燥骨格標本が主です。しかし、多くの遺体標本からも計測を行ないました。これらの遺体標本はまずCT撮像データをMimicsによって3Dモデル化し、関節の形態から求めた関節の回転軸と筋の起始・停止の座標からモーメントアーム長を計測しました。

 

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Figure3. 現生四肢動物の姿勢と、肘の筋(伸筋、屈筋、内転筋)のモーメントアーム長の関係。絶滅四肢動物の前肢姿勢を、肘の筋のモーメントアーム長をもとに判別した

結果・考察
計測の結果、現生四肢動物では下方型と側方型の姿勢で、肘関節の伸筋と内転筋のモーメントアーム長がそれぞれ発達していることが示されました(Figure 3)。この結果は、両姿勢間で使われる抗重力筋の種類の違いを反映しており、力学的にも理に適った違いであるといえます。このことから、絶滅四肢動物の骨格形態から肘関節の筋のモーメントアーム長を計測することで、その動物の前肢姿勢をより確からしく復元することができるようになると期待されます。研究者の間で長く議論されてきたトリケラトプス(恐竜類)やデスモスチルス類(絶滅哺乳類)の前肢姿勢は、モーメントアーム長の計測値に基づく復元を行なうと、ともに下方型の姿勢へと判別されるようになることも分かりました。

 

 【結語】

Mimicsのセグメンテーション機能を用いることで軟組織に埋もれた骨を簡単に取り出すことができ、さらに3-maticの位置合わせ機能を用いることで、これまであまり認識されてこなかった四肢動物の肘関節の内転・外転方向の可動域を示すことに成功しました。これらのソフトウェアは本研究の目的にとって非常に有効なツールが揃っていました。

【参考文献】

Fujiwara S-I, Hutchinson JR (2012) Proc Roy Soc B, 279:2561–2570.

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